私には娘がおりますが、結婚後、夫と供にアメリカに移住して子供をもうけています。
その娘が、どうも夫と不仲になったようで、離婚して池田市の実家に戻ってくるというのです。それだけならいいのですが、正式な離婚の前に子供を連れて戻ってくるというのです。
子供の引き取りでもめるということはよく聞きますが、勝手に連れて帰ってきても、また連れ戻されるのではないでしょうか。それともアメリカに戻せとまでは言われないのでしょうか。
お孫さんの年齢や家庭状況などの具体的な状況次第ということにはなりますが、国を跨いでいても子供の返還請求自体は行うことができます。
引き離された配偶者のもとにというわけではなく、あくまで元々居住していた国に返して、正式な手続きが終わるまで、その国に居させるというものですが、例えば次のような事例があります。
子の奪取に関するハーグ条約の実施法と人身保護請求
国際的な子供連れ去りに関するハーグ条約というものがあり、これを日本で適用するための実施法が定めれています。
この実施法に基づいて子供の引き渡しを求めた裁判があります。
事案は次のようなものでした。
(1) 上告人と被上告人は,いずれも日本国籍を有する者であるところ,平成6年に日本において婚姻し,長男(平成8年生まれ)及び長女(平成10年生まれ)をもうけた後,平成14年頃に家族4人で米国に移住した。
被拘束者は,平成16年▲▲月▲▲日に米国で出生し,戸籍法104条1項所定の日本国籍を留保する旨の届出がされたことにより,米国籍と日本国籍との重国籍となっている。
(2) 上告人と被上告人の関係は,平成20年頃から悪化した。被上告人は,平成28年1月12日頃,上告人の同意を得ることなく,被拘束者(当時11歳3箇月)を連れて日本に入国し,その後現在に至るまで,a市内で被拘束者と共に暮らし,被拘束者を監護している。
(3) 上告人は,平成28年7月,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(以下「実施法」という。)26条に基づき,被上告人に対し,米国に被拘束者を返還することを命ずるよう東京家庭裁判所に申し立てた。同裁判所は,同年9月,被上告人に対し,米国に被拘束者を返還することを命ずる旨の終局決定(以下「本件返還決定」という。)をし,本件返還決定は,その後確定した。
(4) 上告人は,本件返還決定に基づき,東京家庭裁判所に子の返還の代替執行の申立て(実施法137条)をし,子の返還を実施させる決定(実施法134条1項,138条)を得た。
執行官は,平成29年5月8日,被上告人の住居において,実施法140条1項に規定する被上告人による子の監護を解くために必要な行為をした(以下,これを「本件解放実施」という。)。被上告人は,本件解放実施の際,執行官による再三の説得にもかかわらず玄関の戸を開けることを拒否したため,執行官は,2階の窓を解錠して立ち入ることとなった。その後も,被上告人は,被拘束者と同じ布団に入り身体を密着させるなどして,本件解放実施に激しく抵抗した。また,被拘束者も,米国に帰ることを促す執行官に対し,このまま日本にいることを希望し,米国には行きたくない旨を述べて,これを拒絶した。執行官は,子の監護を解くことができないとして,本件解放実施に係る事件を終了させた(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律による子の返還に関する事件の手続等に関する規則89条2号)。
(5) 上告人は,米国カリフォルニア州上位裁判所に,被上告人との離婚を求める訴えを提起するとともに,被拘束者についての監護等に関する命令を求めたところ,同裁判所は,平成29年8月15日までに,上告人が被拘束者についての監護を単独で行うものとすることなどを内容とする命令をした。
(6) 被拘束者は,平成29年9月27日及び同年10月6日,被拘束者代理人と面談し,その際,日本にいることを希望する旨の意思の表明が被上告人の圧力によるものであるかのように受け取られることは非常に不満である,自己の意思により日本での生活を希望していることを強く主張したいなどと述べた。また,被拘束者は,上記のとおり希望している理由として,ようやく日本での生活に慣れてきたのに米国に戻って生活するのは大変である,飲酒した上告人から,暴言を吐かれたり,けがをする程度のものではなかったものの暴力を受けたりしたことがあり,来日して上告人と離れたことで安心した面もあるなどと述べた。なお,被拘束者は,本件返還決定に関する実施法に基づく手続や米国カリフォルニア州上位裁判所における被拘束者の監護権等に関する手続などについて,一部誤解していたところもあったが,被拘束者代理人の説明を受けて正しく理解した。
(7) 被上告人は,現在,薬剤師として勤務する傍ら,食事の支度など被拘束者の身の回りの世話をしている。被拘束者は,来日後,a市内の小学校に通い,平成29年4月に同市内の中学校に進学した。被拘束者は,勉学や部活動に励み,友人や教員との人間関係も良好で,家庭においても,被上告人と親和し,兄,姉及び他の親族とも交流を持っている。また,被拘束者は,現在,日本語による意思疎通に問題はなく,年齢相応に筋道を立てて会話をすることができる。
このよう事案で最高裁判所は次のように判断して子供の引き渡しを認めました。
(1) 被上告人の被拘束者に対する監護が人身保護法及び同規則にいう拘束に当たるか否か等について
最判平成30年3月15日 民集 第72巻1号17頁
意思能力がある子の監護について,当該子が自由意思に基づいて監護者の下にとどまっているとはいえない特段の事情のあるときは,上記監護者の当該子に対する監護は,人身保護法及び同規則にいう拘束に当たると解すべきである(最高裁昭和61年(オ)第644号同年7月18日第二小法廷判決・民集40巻5号991頁参照)。
本件のように,子を監護する父母の一方により国境を越えて日本への連れ去りをされた子が,当該連れ去りをした親の下にとどまるか否かについての意思決定をする場合,当該意思決定は,自身が将来いずれの国を本拠として生活していくのかという問題と関わるほか,重国籍の子にあっては将来いずれの国籍を選択する
ことになるのかという問題とも関わり得るものであることに照らすと,当該子にとって重大かつ困難なものというべきである。
また,上記のような連れ去りがされる場合には,一般的に,父母の間に深刻な感情的対立があると考えられる上,当該子と居住国を異にする他方の親との接触が著しく困難になり,当該子が連れ去り前とは異なる言語,文化環境等での生活を余儀なくされることからすると,当該子は,上記の意思決定をするために必要とされる情報を偏りなく得るのが困難な状況に置かれることが少なくないといえる。
これらの点を考慮すると,当該子による意思決定がその自由意思に基づくものといえるか否かを判断するに当たっては,基本的に,当該子が上記の意思決定の重大性や困難性に鑑みて必要とされる多面的,客観的な情報を十分に取得している状況にあるか否か,連れ去りをした親が当該子に対して不当な心理的影響を及ぼしていないかなどといった点を慎重に検討すべきである。
これを本件についてみると,被拘束者は,現在13歳で,意思能力を有していると認められる。しかしながら,被拘束者は,出生してから来日するまで米国で過ごしており,日本に生活の基盤を有していなかったところ,上記のような問題につき必ずしも十分な判断能力を有していたとはいえない11歳3箇月の時に来日し,その後,上告人との間で意思疎通を行う機会を十分に有していたこともうかがわれず,来日以来,被上告人に大きく依存して生活せざるを得ない状況にあるといえる。そして,上記のような状況の下で被上告人は,本件返還決定が確定したにもかかわらず,被拘束者を米国に返還しない態度を示し,本件返還決定に基づく子の返還の代替執行に際しても,被拘束者の面前で本件解放実施に激しく抵抗するなどしている。
これらの事情に鑑みると,被拘束者は,本件返還決定やこれに基づく子の返還の代替執行の意義,本件返還決定に従って米国に返還された後の自身の生活等に関する情報を含め,被上告人の下にとどまるか否かについての意思決定をするために必要とされる多面的,客観的な情報を十分に得ることが困難な状況に置かれて
おり,また,当該意思決定に際し,被上告人は,被拘束者に対して不当な心理的影響を及ぼしているといわざるを得ない。
以上によれば,被拘束者が自由意思に基づいて被上告人の下にとどまっているとはいえない特段の事情があり,被上告人の被拘束者に対する監護は,人身保護法及び同規則にいう拘束に当たるというべきである。また,上記説示に照らすと,本件請求は,被拘束者の自由に表示した意思に反してされたもの(人身保護規則5条)とは認められない。
(2) 被上告人による拘束に顕著な違法性(人身保護法2条1項,人身保護規則4条)があるか否かについて
国境を越えて日本への連れ去りをされた子の釈放を求める人身保護請求において,実施法に基づき,拘束者に対して当該子を常居所地国に返還することを命ずる旨の終局決定が確定したにもかかわらず,拘束者がこれに従わないまま当該子を監護することにより拘束している場合には,その監護を解くことが著しく不当であると認められるような特段の事情のない限り,拘束者による当該子に対する拘束に顕著な違法性があるというべきである。
これを本件についてみると,被上告人は,本件返還決定に基づいて子の返還の代替執行の手続がされたにもかかわらずこれに抵抗し,本件返還決定に従わないまま被拘束者を監護していることが明らかである。他方で,米国への返還のために被上告人の被拘束者に対する監護を解くことが著しく不当であることをうかがわせる事情は認められない。
したがって,被上告人による被拘束者に対する拘束には,顕著な違法性がある。
人身保護請求は(1)子供意思に基づかない拘束性があるか、(2)顕著な違法性があるか、(3)保護請求の他に取り得る手段は無いか(補充性)という要件が求められる必要があります。
上記の事案では子供の返還執行が母親の抵抗にあってできなかったので、(3)の補充性は認められました。
そして、(1)と(2)の要件をみたすのが争われた結果、裁判所は上記のように判断したというものです。
また、現在では上記裁判当時から実施法が改正されており、手続的な要件も若干緩和されています。
この改正は子供心理的な負担を少なくするためのものであり、法律改正後は判例の適用場面を限定すべきとの考えも主張されています。
第三者による監護者の指定 → 事例紹介
子供引き渡し請求 → 事例紹介
人身保護法による子供の返還請求 → 事例紹介
この記事は上記判決をモデルにした架空の事例です。
また、記事掲載時の法令・判例に基づいています。
ご覧の時点で裁判所の判断に合致しないこともありますのでご留意ください。
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