私は戸籍上は父と母の子として池田市内で出生したことになっています。今、私は既に80歳を過ぎているのですが、私がどうやら父と母の本当の子ではないということは60歳を過ぎて父や母が亡くなるころには気づいていました。父と母は兄弟と分け隔てなく私と接してくれていたので、子供のころはもちろん、親の相続を考える時期になるまで、私も父と母の子であることを疑いもしませんでした。
今回の相談は姉の相続に関してのことです。
父と母が亡くなった際、私と兄は相続せずに姉が全財産を受け継ぐことにしていたのですが、この度その姉が亡くなりました。
姉は夫を先に亡くしており、子供もおらず、私の近所に居を構えて暮らしていました。
私と姉は半月に1回くらい近況を報告する程度にはあっていたのですが、たまたま姉が亡くなってから、確認するまで10日ほど空いてしまいました。
そのことや姉の葬儀のことで兄は一方的に怒り出して、お前は本当の兄弟ではないのだから姉を相続することは認めないとか、父と母との親子関係が無いことを裁判所で確認してもらうとか言い出したのです。
私は確かに本当の子ではないですが、父と母の子として何十年も生きてきているのに、このような訴えは認められるのでしょうか。
基本的には親子関係は血縁があるかどうかや、養子などの法的な親子関係があるかどうかで判断されます。
しかし、長い年月の積み重ねにより、親子関係が事実上平穏に継続している場合に、それを否定することは権利の濫用と判断されることがあります。
今回のご相談でも、お兄様の主張は権利の濫用と判断される可能性があります。
このような法律上の理由をやんわりと告げて、何とか良好な関係に戻せるようにお話をしてみてはどうでしょうか。
親子関係不存在確認請求が権利の濫用にあたると判断された事例
長年、事実上の親子関係が形成されていた場合に、親子関係不存在についての確認請求をすることが権利の濫用として不適法であると判断された事例があります。
事案は次のようなものでした。
(1) 被上告人は,大正12年▲月▲日,亡Aと亡Bの夫婦(以下「A夫婦」という。)の長女として出生し,昭和5年▲月▲日,亡Dと亡Eの夫婦(以下「D夫婦」という。)と養子縁組をし,その後,D夫婦の子として養育された。亡Cは,大正14年▲月▲日,A夫婦の二女として出生した。
最判平成18年7月7日 民集 第60巻6号2307頁
(2) 上告人は,昭和16年▲月ころ,亡Fと亡Gの夫婦(以下「F夫婦」という。)の間に出生した。F夫婦は,Aに対し,上告人をA夫婦の嫡出子として出生の届出をするように懇請し,Aは,上告人についてA夫婦の間に同月▲日に出生した長男として出生の届出をした。
(3) A夫婦は,上告人を同夫婦の実子として養育した。上告人は,高校卒業のころ,自分がA夫婦の実子ではないのではないかという疑問を抱いたことはあったが,A夫婦を含む周囲の者からその旨を告げられることはなく,A夫婦の実子であると思い続けていた。その後,上告人は,大学に進学し,卒業後,婚姻したが,昭
和51年までA夫婦及びCと生活を共にした。また,Cは,上告人の学費を負担するなど上告人の養育に協力した。Aは,昭和49年▲月▲日に死亡したが,生前上告人が自分の子ではない旨を述べたことはなかった。Aの遺産はすべて妻であるBが相続した。
(4) 上告人は,平成2年ころ実母であるGの喜寿を祝う集まりに呼ばれ,平成5年ころには,自分が真実はF夫婦の間に生まれた子であることを認識するに至ったが,その後も,従前と同様に,B,C及び被上告人との間で家族としての関係を継続し,同人らも,上告人がA夫婦の間の子であることを否定したことはなかっ
た。
(5) Bは平成8年▲月▲日に死亡した。その遺産は遺言によりすべてCが相続したが,このような遺言がされたのは,遺産の主なものがBとCが居住していた自宅の土地建物であり,Bの死後もCが引き続きこれに居住できるようにBが配慮したためであることがうかがわれる。
(6) 独りで生活していたCは,平成14年▲月▲日ころ自宅で死亡し,その約10日後に発見された。Cは,Bの死亡後も,上告人がA夫婦の実子であることを否定する旨を述べたことはない。
(7) 被上告人は,上告人がCの安否の確認をしなかったためにCの死亡の発見が遅れたと思い憤りを感じていたところ,Cの法要の参列者を上告人が被上告人に相談なく決めようとしたことなどに反発し,上告人とA夫婦との間の実親子関係を否定するに至った。
このような訴えについて訴えられた上告人は,被上告人がD夫婦と養子縁組をした後,D夫婦の子として生活していたこと,A夫婦は,生涯上告人との実親子関係を継続し,死亡するまでこれを否定することはなかったこと,A夫婦は死亡したため,現在では,上告人がA夫婦との間で養子縁組をすることはできない状況にあること,被上告人は,Cの死後,その遺産の相続について上告人と話し合うなかで,上告人が,A夫婦と親子関係がなく,Cの相続人ではないと主張するに至ったのであって,本訴請求は専ら被上告人が上記遺産の独占を図る目的のものであることなどの事情に照らすと,本訴請求は権利の濫用であると主張したというものです。
原審は親子関係が存在しない旨の主張は権利の濫用にあたらないと判断しましたが、最高裁判所は次のように権利の濫用にあたると判断しました。
原審の上記判断のうち実親子関係不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
実親子関係不存在確認訴訟は,実親子関係という基本的親族関係の存否について関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り,これにより実親子関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能を有するものであるから,真実の実親子関係と戸籍の記載が異なる場合には,実親子関係が存在
しないことの確認を求めることができるのが原則である。
しかしながら,上記戸籍の記載の正確性の要請等が例外を認めないものではないことは,民法が一定の場合
に,戸籍の記載を真実の実親子関係と合致させることについて制限を設けていること(776条,777条,782条,783条,785条)などから明らかである。真実の親子関係と異なる出生の届出に基づき戸籍上甲乙夫婦の嫡出子として記載されている丙が,甲乙夫婦との間で長期間にわたり実の親子と同様に生活し,関
係者もこれを前提として社会生活上の関係を形成してきた場合において,実親子関係が存在しないことを判決で確定するときは,虚偽の届出について何ら帰責事由のない丙に軽視し得ない精神的苦痛,経済的不利益を強いることになるばかりか,関係者間に形成された社会的秩序が一挙に破壊されることにもなりかねない。そし
て,甲乙夫婦が既に死亡しているときには,丙は甲乙夫婦と改めて養子縁組の届出をする手続を採って同夫婦の嫡出子の身分を取得することもできない。
そこで,戸籍上の両親以外の第三者である丁が甲乙夫婦とその戸籍上の子である丙との間の実親子関係が存在しないことの確認を求めている場合においては,甲乙夫婦と丙との間に実の親子と同様の生活の実体があった期間の長さ,判決をもって実親子関係の不存在を確定することにより丙及びその関係者の被る精神的苦痛,経済的不利益,改めて養子縁組の届出をすることにより丙が甲乙夫婦の嫡出子としての身分を取得する可能性の有無,丁が実親子関係の不存在確認請求をするに至った経緯及び請求をする動機,目的,実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に丁以外に著しい不利益を受ける者の有無等の諸般の事情を考慮し,実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには,当該確認請求は権利の濫用に当たり許されないものというべきである。
そして,本件においては,前記事実関係によれば,次のような事情があることが明らかである。
(1) 上告人の出生の届出がされた昭和16年からBが死亡した平成8年までの約55年間にわたり,上告人とA夫婦ないしBとの間で実の親子と同様の生活の実体があり,かつ,被上告人は,Cの死亡によりその相続が問題となるまで,上告人がA夫婦の実子であることを否定したことはない。
(2) 判決をもって上告人とA夫婦の実親子関係の不存在が確定されるならば,上告人が受ける精神的苦痛は軽視し得ないものであることが予想され,また,土地建物を中心とするA夫婦の遺産をすべて承継したCの死亡によりその相続が問題となっていることから,上告人が受ける経済的不利益も軽視し得ないものである可能性が高い。
(3) A夫婦は,上告人が実の子ではない旨を述べたことはなく,上告人との間で嫡出子としての関係を維持したいと望んでいたことが推認されるのに,A夫婦が死亡した現時点において,上告人がA夫婦との間で養子縁組をして嫡出子としての身分を取得することは不可能である。
(4) 被上告人は,Cの死亡の発見が遅れたことについて憤りを感じたこと,Cの法要の参列者が被上告人に相談なく決めようとされたことなどから,上告人とA夫婦との親子関係を否定するに至ったというのであるが,そのような動機に基づくものであったということは,被上告人が上告人とA夫婦との間の実親子関係を否定
する合理的な事情とはいえない。
以上によれば,上告人とA夫婦との間で長期間にわたり実親子と同様の生活の実体があったこと,A夫婦が既に死亡しており上告人がA夫婦との間で養子縁組をすることがもはや不可能であることを重視せず,また,上告人が受ける精神的苦痛,経済的不利益,被上告人が上告人とA夫婦との実親子関係を否定するに至った動機,目的等を十分検討することなく,被上告人において上記実親子関係の存在しないことの確認を求めることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反がある。
このような事例と同じような状況があればご相談においても親子関係は存在しないというお兄様の主張は権利の濫用にあたると判断される可能性が十分に見込めます。
この記事は上記判決をモデルにした架空の事例です。
また、記事掲載時の法令・判例に基づいています。
ご覧の時点で裁判所の判断に合致しないこともありますのでご留意ください。
池田市・豊中市・箕面市などの北摂地域や大阪市での相続登記はルピナス司法書士事務所にご相談を
相続した不動産の名義変更にまつわる煩雑な手続きを貴方専任の司法書士がサポートします。
お電話、Eメール、ラインからでも、ご相談いただけます。